ストックホルム症候群

「おい、命乞いしてみろ」
「ンー😷」
「ああ?何言ってんのかわかんねえぞ!!」

彼は一発、人質の背中に撃ち込んだ。
出血。

人質は呻くが、膝をついたままただ耐えていた。
彼はその姿を一瞥。

長い数秒が喪われたところで。
先程の具合とうって変わったのか。
彼はこんなことを言い出した。

「なあ、すごい忍耐力だよ、こいつは。
お前には特別に遺書でも残す権利をやろうよ」

彼は、項垂れる人質のポケットを漁りだした。
目当てのものを引き出し、それを彼の後ろ手指へそっと当て付けた。
スマートフォンだ。
彼はグローブを外し、忙しなく画面を触るとそれを耳元へ差し出した。

彼の表情は、マスク越しでもわかるほど蔑みが見える。
柔しくこう言った。

「お前は、ラインをやっているんだな。
トーク履歴で一番上のアマに繋いでおいてやった。
何か挨拶でもどうぞ、喋ってやれ」

人質の瞳には、諦念しかなかった。
「ンー😷、んんんん😷、ん)😷、んーん😷」

人質は、想いの丈を遺した。
人質は、耐えた。絶えた。
人質の瞳には、諦念しかなかった。

(了)